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台風が来るたび、思い出す

.29 2016 comment(0) trackback(0)
猛烈な勢力を蓄えた台風10号が、日本列島目掛けてやって来るという。
関東エリアも、今日あたりから暴風域に入るのかと身構えていたら、抜けるような青空……拍子抜けである。
しかし、東北地方が大変だ。
これ以上、甚大な被害など、出ませんように。

そんな台風騒動の中、思い出すことがある。

僕が小学生の頃、ある日、台風がやって来た。
小学生にとっては、台風は一つのビッグイベントであった。
というのも、なぜだかワクワクするのだ。
学校が休みになるかも知れないし。
子供の頃の僕の心配事項など、その程度だった。
おめでたい。

あの日の台風も相当なもので、僕の住む香川県は朝から暴風雨に晒されていた。
四国山脈のお陰で、滅多に香川の方まで台風がやってくることなど無かったので、讃岐人は、他県に比べて、自然の怖さを知らない県民かも知れない。
僕は、ワクワクしていた。

「学校休みや!」

しかし、連絡網を伝い回ってきた情報は、僕ら小学生を落胆させた。
なんと、

『通常通り学校はあります。気をつけて登校してください』

何!?
こんなに強い雨風の中、か弱い小学生を登校させるだと!?!
なんて学校だ!
ブリブリ言いながらも、決まりには従わなければならず、渋々、家を出たのである。

学校に着くと、登校できない生徒たちが多いことが判明。
家が遠い子達は、親が行かせなかったのかも知れない。
台風は、衰える気配もない。
二時間目が終わった頃だったと思う。
先生が、こう言った。

「台風が来ていて危ないので、今のうちに家に帰りましょう。学校は、午後はお休みになります」

おおおおおおいいいい!!!!
大人よ!あんたたち間違ってるぜ!!
暴風雨の中、生徒たちを登校させ、また暴風雨の中、下校させる。
あぶねぇよ、その方がよっぽどあぶねぇよ。
今、思い返しても、あの日、なぜ学校側は生徒を登校させたのか……謎なのである。

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怒(いか)ることさえ許されない……

.04 2015 comment(0) trackback(0)
或る日の稽古後のこと。

「当たり前のように虐げられる身分の者たちの、怒りがさ……」

と、僕が云いかけた。

すると、演出という役割を担っていた、本業は女優、が云った。

「いや、怒(いか)ることさえ許されない者たち、だよ」

と。
なるほど、表現することすら許されない身分…か。
…………



とりあえず、身分の話は置いておいて――――――

怒(いか)りをまったく抱えず、人は生きているものだろうか…?
誰でも、奥底を掻き回してみると、沈殿物が表面に浮かび上がってくるはずだ。
その中には、怒(いか)り、妬み、嫉み、憎しみ、悲しみ、苦しみなどの汚泥がドロドロと在る。
それらと混ざり合って、砂金も光っているだろう。
しかし、どこを切っても黄金しか出てこない人など居るのだろうか。

今、人々は怒(いか)っている。
少なくとも、僕の周りの表現者達は、皆、怒(いか)っている。
自国のリーダーに対して。
力に対して。
表現者たちは、それぞれの方法で、怒(いか)りを表現する。
しかし、怒(いか)りを表現することすら許されない時代が来るかも知れない、という怒(いか)りは何処へ向かうのか。

怒(いか)ることさえ許されない者たちが向かう先は……

などと、やはり怒(いか)っている者たちで『女中たち』という作品と向かい合ったのだった。
『女中たち』を、今、演ることは、そんな想いにまで連鎖してしまうのだった。

034.jpg

『女中たち』 作:ジャン・ジュネ
2015年3月24日(火)~29日(日)
於:絵空箱

鳥-一=烏

.20 2012 comment(1) trackback(0)
数日前、本番中の劇場に向かう途中、歩道に一羽のカラスの子供が座っているのを見た。
まだ未熟で、飛べない子なのだろう。

何の警戒心もなく、素っ頓狂な顔で、無防備に佇む姿が愛らしく、同時に、一種異様な光景でもあったので、写真など撮る習慣のない僕が、

「あ、写真撮ろう……」

と、思ったのである。
しかし、直ぐに、頭上で数羽の親カラス達が、けたたましい警笛を鳴らしているのに気付いた。
子カラスに近づく素振りを少しでも見せようものなら、怖い映画のシーンによく出てくる、『死体を啄ばむカラスの図』のような惨事が、白昼の東京で繰り広げられるのではないかという、嫌な気配に満ちていた。
この場合、死体は、僕の顔をしている。
と云うわけで、写真は、無い。

カラスは、とても頭の良い鳥だ。何故、一本足りないのか………漢字の成り立ちに答えがあるらしい。
烏(カラス)も鳥(トリ)も、元々は象形文字。
烏の一本足りない棒は、目の部分なのだとか。
全身黒なので、何処に目が在るか判らないから、一本無いのだそうだ。

人間の目から見えなくても、カラスの目からは見えているものがある

―――――子供に迫り来る危機

人間の大人は、原発の再稼働を進めている。
命がけで、子供たちの未来を守らなきゃならないはずなのに。

荒れる気

.14 2012 comment(0) trackback(0)
目が、火を噴くように痒い。
捥ぎ取ってしまいたい程、鼻がムズムズする。
そして、発作のように繰り返す、拷問並みのクシャミ。
麻痺する脳みそ――――――

花粉 小

邪悪な顔したこのイガイガ達が、鼻腔や目から侵入し暴れまわる。

だが、実は文句も云えぬのだ。
人間の自業自得なのだから。
自然の気の流れを荒らしたりするから、こんな怖い顔して、地球が怒っているのだ。

ぬぅぉぉぉぉぉおおおお!!!

.21 2012 comment(0) trackback(0)
用事と用事の狭間に、行ってきた。

ポスターハリス看板宇野展チケット


で、落ち込んだ……なんて自分は無知で愚かなのだろうと。
先日、アーサー・ラッカムについて書いたが、彼のことを知らな過ぎていた!!
彼が挿絵を描いている『ニーベルンゲンの指輪』や『マザー・グース』を寺山修司氏が翻訳し、宇野亜喜良氏が装幀していたなんて!
今日、ポスター・ハリス・ギャラリーの宇野亜喜良展でそれを知り、ショックに打ち抜かれた。

そういえば、宇野さんをもっと知りたくて、宇野さん絡みの本を物色している時、既に、この二冊とは出逢っていたのだ。
だから、妖精展でアーサー・ラッカムの絵を観たとき、一番気になったし好きだったのだ。
なんてのは、今となっては後付けでしかなーーーーーーいっ!

むむむむむむむ……

よくもまぁ、今までしゃーしゃーと宇野さんのファンだなどとぬかせていたもんだ!
今まで、なんてボヤボヤ生きていたんだ!
と、そんな自分が、自分で恥ずかしい。

でも、宇野さんという糸口から、複雑に編まれていたセーターが綻んでゆくように、
とりとめのなかった自分の趣向や欲求が、
結局は、一本の毛糸に過ぎないほど単純なものだったと解って、嬉しくもある。
宇野さんをストーキング(?)していると、好きなものが面白いように繋がってゆく。

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yoosque

Author:yoosque
林勇輔――――役者
1974年5月16日(木)、疳の蟲を身体いっぱいに抱え、この世に生まれ出ずる。
<幼年期>
蟲たちは、勇輔の故郷、讃岐の民間療法により体外に誘き出され駆除されたかに見えたが、未だ体内に巣食っている模様。
<少年期>
好き嫌いが多く、この世で食べられるものが少なかった。
<青年期>
中途半端な生き方を謳歌する。芝居に出逢う。
<壮年期に差し掛かる、現在>
2012年1月12日(13日の金曜日イヴ)、突然、“声溜め”を公開することを決めた。

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