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彼の存在

.26 2012 comment(1) trackback(0)
少年にやられた……



http://www.youtube.com/watch?v=g0OzSpzYe6I
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.25 2012 ちょっとしたこと comment(3) trackback(0)
「鏡よ、鏡……」

最近、このフレーズが付き纏う。
数日前に載せた“或る物語”を書いて以来、頻繁に出くわすのだ。

童話好きとしては見逃せないと、観に行った、『スノー・ホワイト』。これは、本家本元の「鏡よ、鏡」なのだから、出くわしたというのとは違うかも知れないが―――――
興味はあったが、まだ、一度も入ったことのない劇場だったので、劇場見学という目的も兼ねて観に行った『毛皮のマリー』。
そして、昨日観た、映画『ヘルタースケルター』。

たまたま見るもの、たまたま聞くものには、サインがあるように感じる。

僕は、小さい頃から、鏡の不思議さに魅せられていた。例えば林檎を、肉眼で見るのと、鏡に映して見るのでは、全く別の林檎に見えるのだ。林檎を取り巻く風景も、全くの異世界に見える。こちら側とあちら側では、何かが決定的に違っていると感じていた。しかし、同時に、映画の画面を観ているような感覚に陥ってしまい、いつの間にか、その違和感を信じてしまっているのだ。

僕は、映画と現実の境目が判らなくなってしまう子供だった。だから、映画が終わり、一気に現実世界に引き戻されると、バランスが取れなくなってしまうのだ。一緒に観に行った友達には、随分と迷惑を掛けた。だって、不機嫌になり、暴れだしてしまうのだから……

虚構と現実の分別が付かなくなるという本質は、変わっていないように思うが、僕だって、少しは大人になった。今の僕が思うのは、いくら鏡を見つめても、本当の自分はそこに居ないんだということ。本当の自分は、自分の中にしか見ることが出来ない。そして、本当の自分に出逢うために、周りから、あの手この手でサインを送ってくれているように感じるのだ。そのサインを、どう受け取るかは自分次第なのだろうけど。その、“自分次第”の“自分”も、どんな自分なのか……

とにかく、今の精一杯の“自分”で、このサインを受け止めよう。
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鏡よ、鏡……

.20 2012 或る物語 comment(1) trackback(0)
小さな芝居小屋の奥の方。
表舞台とは、真反対の世界―――――楽屋。
物憂げな表情を塗り潰してゆく様に、鏡に向かい、自らの顔に化粧を施す、女優が独り。

「鏡よ、鏡……私は今日も美しいかしら?」

女優は、鏡に尋ねました。
すると、鏡が云いました。

「私は、ただ、ありのままを映し出す、鏡―――――美しいものは、美しく。醜いものは、醜く。ただ、そのままに」

「まぁ、それでは答えになっていないわ……」

女優は、もう一度、尋ねました。

「鏡よ、鏡、お願い、答えてちょうだい。私は今日も……美しいかしら…」

鏡が、云いました。

「はい、貴女は今日も、お美しい」

「あぁ、よかった……」

そう云って、女優は、溜息をひとつ落とした。

「しかし、ちょっとお待ちください」

鏡が云いました。

「私が映して差し上げられるのは、貴女が居るそちらの世界とは、そっくりそのまま真反対の世界。よおく御覧なさい。貴女の左頬を伝う涙が、私の中の貴女には、右頬を落ちてゆく……この方は、きっと、貴女とは別人なのでございましょう。まぁ、貴女がお美しいことには、変わりありませんが、念のため……」

ここは楽屋―――――表舞台とは、真反対の世界。
鏡は、今日も、華やかな女優の姿を映し出す。


by 安 慈影良
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徒然なる 自分の為の 覚書

.20 2012 ちょっとしたこと comment(11) trackback(0)
001_convert_20120720011740.jpg

世界のセックス・シンボル―――――マリリン・モンロー
そのイメージ、というより、レッテルを払拭すべく、リー・ストラスバーグが芸術監督を務める、アクターズ・スタジオの門を叩いたのは、有名な話である。

“I don’t want to play sex roles any more. I’m tired of being known as the girl with the shape………..”

これに比べたら、自分は恵まれていると言わざるを得ない。名声こそ、手に入れてはいないが。いやいや、待てよ、これから手に入れる可能性だってあるわけなので、ここで決めつけるのは止すとしよう……。

僕は、劇団に所属している役者なので、殆どの劇団本公演には参加してきた。僕が入団してから18年目に突入したのだから、いくら新作が多い劇団とはいえ、当然、再演を繰り返している作品も幾つかあるわけだ。しかし、どういうわけか、僕が同じ役に再びキャスティングされることは、稀である。二回再演された、ある作品では、“イメージ”と合致したのか、初演を含め三回とも同じ役ではあったが、依然、同じ役を再び演る経験は少ない方だろう。
その代わりと云ってはなんだが、老若男女、人ではないものに至るまで、ありとあらゆる役を演じさせて貰った。男優のみで構成された極端劇団(実際、韓国公演の際、こう表現された)故に、女性を演じる機会も、一般的に役者をされている方々より圧倒的に多い環境でもあるので、老若男女と云っても、ニョの割合が高いくらいだ。主役を任されることも、ごく稀ではあるが、劇団内では二度ほど経験がある。これもまた、とても恵まれたことだろう。が、それは一先ず置いておいて、この“ありとあらゆる”には偏りがあるように思うのだ。その偏りとは、“大人の男役以外”である。もちろん、経験が無い訳ではない。少ないが、幾つか演らせて貰った。じゃ、何も不遜はないではないか。何が、そんなに引っ掛かっているのか……

実は、昨年、珍しく僕が主演した作品(もちろん少年役)が上演された。今までに経験したことのない、不思議な感覚で舞台に立っていた。役を演じているというより、その役を知っていた、というような……。今思えば、魔法にでも掛けられているような、心地の良い微熱がずっと続く感覚だった。そして、観客を含め、公演に関わっていた全員が、その不思議な空気の中で呼吸し、他人の脈音を自分の中に聴いていたような……夢のような感覚―――――なんと今年、その続編が上演されるという。つまり、僕が演じた少年は大人になるわけだ。「演れる」という自信が、実は、かなりあった。だって、その役が僕を選んでくれると思っていたから。しかし、結果は、

大人の男役は、“有り得なかった”である。

自分の何が至らなかったのか、自分を責めた。身長の低さなのか、極端劇団の主役にしては顔がマズ過ぎたのか、いやいや、今回は顔のマズさは理由にならない。だって、仮面を被っている役なのだから。では、芝居のマズさか……まぁ、僕の“大人の男役”は、観客からも、さほど求められていない感が、少なからずあるように感じてはいるが……。はて、この辺りは、マリリンの悩みと少し似ているだろうか?なにせ、僕の“イメージ”はというと、“女優”なのだから。
「僕は、女性役の専門ではありません!」
と、女役を褒められる度に、素直に喜べないどころか、悔しさで胸がいっぱいになっていた、かつての自分を思い出す。今は、役に対して何の垣根も感じていないし、褒められれば素直に嬉しい。しかし、そう思えるようになるまでには、他人に迷惑を掛け、自分を傷つけ、大変だったわけだが……話を戻そう。別に、滅多にチャンスの来ない主演だから是が非でも演りたかった、と駄々をこねているのではない。勿論、主演は魅力的だ。役者なら誰だって、中心に立つあの感覚を味わいたいものだろう。しかし今回は、それ以上に、挑戦したかったのだ。自分の可能性は、やはり“観客や演出家が首を縦に振る大人の男役”には及ばないのか、挑戦し、いい意味で裏切ってみたかったのだ。何よりもこの役を愛していたから、誰よりも、大人になったこの少年のその後を生きる自信があったから―――――しかし、“有り得なかった”らしい。

十数年前、役者を始めて2~3年の僕は、どツボに嵌っていた。ただただ出口が見つからず、真っ暗な穴の中でもがいていた。何の突破口も見当たらないグチャグチャの状態だった。だから、冷静な判断など出来なかったのか、その時、ある無謀な行動に出た。片道の航空券だけを手に、ロンドンに居るデイヴィッド・ベネットの許へ飛んだのだ。彼とは、所属する劇団の演出家がオーガナイズしたワークショップで出逢った。何も知らない僕には、とにかく彼との出逢いは衝撃以外の何物でもなかった。
デイヴィッドは、元々アクターズ・スタジオに通う俳優だった。聞く話によると、かなりいい俳優だったらしい。しかし、リー・ストラスバーグのアドバイスもあって、ティーチングをやるようになり、そのまま教える側に転向した人だ。奇しくも、アクターズ・スタジオではマリリン・モンローと同期だったらしい。クラスにマリリンが居た、というエピソードは、何度も聞かされた。アメリカ人の彼が、イギリスに渡り、俳優の為にプライベートレッスンをするようになるまでには色々あったようだが、まぁ、それは、ここで言及すべきことではないだろう。とにかく、あのおじいちゃんの処へ行けば、何か見つかるかも知れないと、あの時の僕は、藁にも縋る思いだったのだ。それから丸二年、僕は日本へ帰らなかった。

正直、帰国してからの数年間も、かなり危なっかしい状態であったのは否めない。しかし、グチャグチャだったそれまでと、現在の状態には大きな違いがある。今は、何も見つからずもがいているのではなく、次に行かなきゃ、行きたい!と強く求めていると自覚している。その求めている方向がどこに向かっているのかも、ぼんやりとではあるが、輪郭がクリアになってきているように思う。やはり、あの時とは違っている。

表現者としての自分の可能性を探求したい、というマリリンの欲求は、至極当然の欲望だ。しかし、それは、観客には関係のないことだろう。だって、大抵の人にとって、セックス・アイコンのマリリン以外は、マリリン・モンローではないのだから。イメージからの脱却など、誰も頼みはしなかったはず。しかし、自分の中に、表現欲というマグマがふつふつと滾っているのを見つけてしまった以上、無視するわけにはいかない。自分の個人的な問題と分っていながら、わざわざ公の場で吐き出すことにも、大きな意味があったのだろう。だから、という訳でもないが、僕にもここに書く必要がある。

もし、これを読んでくれている人の中に、劇団のファンの方がいらっしゃったら、色んな憶測が頭の中をグルグルしてしまうかも知れない。その憶測がどんなものであれ、心配はしないで欲しい。僕は、表現することを辞めるつもりはないのだから。ただ、今回の“有り得なかった”ことによって、強く自覚した自分の中に在るものを、“声溜め”であることに託けて、徒然なる自分の為の覚書として、ここに書いておきたかったのである。少しずつでも、前に進む為に。そして、これからも、見守って欲しいという願いも込めて―――――
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片を付ける

.10 2012 ちょっとしたこと comment(4) trackback(0)
ひとつ、10年以上共に在ったものを、処分した。
数日前に書いた『齢を重ねるもの』に、ロンドン時代最後に住んだ部屋の写真がある。
そこに写っている、お気に入りのラグに、お別れを云ったのだ。

帰国する時、殆どのものを、教会のチャリティーリサイクルショップに寄付した。
そう云えば、渡英する前も、沢山のもの達とお別れをしたのを思い出す。
僕は、節目節目に、自分の居場所を形造ってくれていたものを、片付けてきた。
文字通り、過去に“片を付けて”きたように思う―――――次へ進む為に。

しかし、次なるステージにも連れていくものが、当然、ある。
このラグは、そんなもの達のひとつだった。
自分好みの、落ち着ける空間創りの、重要な担い手だった。
だから、ロンドンから連れて帰ってきたのである。

ラグマットは、常に、踏み拉かれる役割のものだ。
その齢の重ね方には、痛々しいものがある。
全体的に色褪せ、
両辺のフリンジは千切れて無くなり、
起毛は擦り切れ、
食べこぼしの染みがあり、
震災時には、崩れてきた物の下敷きとなっていた。

もう、見送ってやるべきだろう……と思った。
役割は、十二分に果たしてくれたのだから。

そして、新しいラグマットと出逢い、部屋に迎え入れた。
随分と、部屋の印象が変わったもんだ―――――悪くない。

またひとつ、自分の過去に、片を付けた。

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齢を重ねるもの

.06 2012 comment(3) trackback(0)
部屋を整理していたら、ロンドン時代のポラロイドが数枚出てきた。

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様々なものがデジタル化され、半永久的な若さを得たが、
アナログのものは、きちんと歳を取る。
改めて、写真って好いと思った。
ちゃんと、色褪せてゆく――――――
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音楽の力

.04 2012 comment(3) trackback(0)
粋なサプライズだ。
感動した。



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なんと!

.03 2012 お知らせ comment(3) trackback(0)
なんということだ。
シャンソンを唄わないか、と、お誘いを受けた。
で、引き受けてみた――――――以下、詳細である。

2012.7.14(Sat.)
『サラヴァ東京のパリ祭』
19:00 open 20:00 start
前売 3,000円(1ドリンク付)
当日 3,500円(1ドリンク付)

@SARAVAH東京
渋谷区松濤1-29-1
渋谷クロスロードビルB1F
TEL:03(6427)8886
*チケットのご予約は上記のお電話か、SARAVAH東京HPの予約フォームをご利用下さい
SARAVAH東京HP→ http://l-amusee.com/saravah/

出演:青木理絵 アンナ ソワレ 林勇輔 パリなかやま(コーヒーカラー) マドマーゼル修子 みつばち涙
演奏:大久保ヨン子とヌーヴェル・シャンソンズ
司会:ミチヲ・モリイ&パンジー真希子
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キキョウの眼差し

.02 2012 comment(0) trackback(0)
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If I had wings, I could fly........

.02 2012 comment(1) trackback(0)
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劇団公演のため訪れていた大阪で出逢った、翼のリュック。
これを背負って、新幹線で桔梗……否、帰京。

今日から、やることが沢山ある。
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yoosque

Author:yoosque
林勇輔――――役者
1974年5月16日(木)、疳の蟲を身体いっぱいに抱え、この世に生まれ出ずる。
<幼年期>
蟲たちは、勇輔の故郷、讃岐の民間療法により体外に誘き出され駆除されたかに見えたが、未だ体内に巣食っている模様。
<少年期>
好き嫌いが多く、この世で食べられるものが少なかった。
<青年期>
中途半端な生き方を謳歌する。芝居に出逢う。
<壮年期に差し掛かる、現在>
2012年1月12日(13日の金曜日イヴ)、突然、“声溜め”を公開することを決めた。

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