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真実

.14 2015 ちょっとしたこと comment(0) trackback(0)
真実を語ることに、何の意味があるのだろう。

人間が、考え、感じる生き物である以上、人の数だけ真実は在る。
時に、都合によって、いとも簡単にすり替えられもする。
意図的にすり替えたとしても、すり替えたものこそが真実。
だから、元々の真実は、もはや真実ではなくなるのだ。

真実を語ることに、一体何の意味があるのだろう……
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メモ6

.14 2015 ほんのメモ comment(0) trackback(0)
「地獄はどこに在ると思う?」

「地面のずっと下の方だろ?だから地獄だろ?」

「いいや。地獄は此処さ、この世の事だ」

「お前、何言ってんの?」

「地上に在る獄だから、地獄って呼ぶんだよ」

「なんだ、それ?」

「人間は必ず死ぬ。つまり、死刑囚さ」
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想ふ

.14 2015 comment(0) trackback(0)
願いや祈りと同じように、「想うこと」になんらか力があるならば、それはやはり、人間にとって必要なことなのだろう。

たとえば、待ち合わせ時間に相手が来なかったとして、携帯で連絡が取れなかった時代は、相手のことが心配で…その人のことを想った。しかし、電話を掛けるかメールを飛ばすことによって直ぐに相手と繋がる今、遅れている原因を知るまでの時間は、余りにも短い。つまり、待ち人の事を「想う時間」も短いのだ。「どうしたんだろう」「どうか何事もありませんように」とか、「無事でいて欲しい」とか。ま、携帯があっても、連絡がつかない時はあるけれど……。

小さな液晶画面中毒の僕らは、今、「想うこと」にどれだけの時間とエネルギーを使っているのだろう。病的に想い過ぎて、ストーキングしちゃうのは困るが……。
まさか、太古の人々が当たり前に持っていたであろう“霊感”というもののように、退化してゆく能力なのか!?

と、ふと想った。
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yoosque

Author:yoosque
林勇輔――――役者
1974年5月16日(木)、疳の蟲を身体いっぱいに抱え、この世に生まれ出ずる。
<幼年期>
蟲たちは、勇輔の故郷、讃岐の民間療法により体外に誘き出され駆除されたかに見えたが、未だ体内に巣食っている模様。
<少年期>
好き嫌いが多く、この世で食べられるものが少なかった。
<青年期>
中途半端な生き方を謳歌する。芝居に出逢う。
<壮年期に差し掛かる、現在>
2012年1月12日(13日の金曜日イヴ)、突然、“声溜め”を公開することを決めた。

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