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.21 2013 映画 comment(0) trackback(0)
去年のいつ頃だったろうか、知人から勧められ、『ミスト』という映画を観た。
監督は、フランク・ダラボン――――――『ショーシャンクの空に』、『グリーンマイル』に続き、スティーヴン・キング原作のものを映画化するのは、これで3本目となるらしい。僕は、原作を読んだことはないが、どちらも素晴らしい映画だ。いつか、この二つも声溜めに入れておきたいと思う。

『ミスト』は上演当時、

≪映画史上かつてない、震撼のラスト15分≫

と銘打たれていたそうだが、まさに、看板に偽り無しだろう。原作と映画では幾つかの相違点があり、問題のラストシーンも、その一つなのだそうだ。
「自分が小説を書いた時に思いついていたら、そうしていた」
と、原作者スティーヴン・キングに言わしめたほど、(言葉が適切か判らないが敢えて)圧巻のラストだった。しかし、あまりの衝撃に、このラストシーンに関しては、賛否両論あったようだ。因みに僕は、“あっぱれ!ダラボン派”だ。
ネタバレせずに、ここから先を書き進めるのは難しいのだけれど、とりあえず、あらすじから書いてゆこうと思う。

アメリカ、メイン州西部の街を未曾有の激しい雷雨が襲った。
人々に不安な夜をもたらした嵐が過ぎ去った翌日、主人公デヴィッドとその家族は、得体の知れない不気味な“霧”が湖の向こうからこちらに向かって広がって来るのを目にする。
この霧が、これから訪れる恐怖の始まりだったのだが、この時のデヴィッド達には知る由も無かった。
スーパーまで買い出しにやって来たデイヴィッドと息子だったが、表の通りには軍の車が何台も駆け抜けてゆく物々しさ。
と、突然鳴り響くサイレン――――――
鼻血を流しながら、血相を変えた男がひとり、スーパーに駆け込んできた。
荒い息の中、男が発した言葉は、
「霧の中に何かがいる……」
戦慄が走る店内。
辺りにはたちまち“霧”が立ち込め、デヴィッドたちはスーパーの中に閉じ込められてしまったのだった――――――


実は、霧の中の何かは、早々に、とてもあっけなく正体を現す。
その瞬間、頭を過るのが、
「………あぁぁ……こっち系……?」
という、残念な想いだ。
が!
話が進むにつれ、その何か自体が重要なのではないことを思い知る。

デヴィッド達が閉じ込められたスーパー内は、まさに、人間社会の縮図。そこで繰り広げられる、所謂、人間模様の描かれ方が秀逸だ。芝居のエチュードなんかにもよくある、“密室での人間”がよく描かれている。密室で、しかも得体の知れないものに襲われる恐怖が人々を狂わせてゆく。
登場人物の一人が発する言葉で、印象的なものがある。

「部屋に二人以上いると、最後には殺し合うのが人間だ。そうならないために、政治と宗教がある」

あくまでも印象的だったのであり、僕がこう思うのではない。念の為――――――しかし、別の角度から咀嚼してみると、とてもシニカルな意味が浮上してくるのが面白い。ほんの少しのボタンの掛け違えで、政治が戦争を助長しかねないだろうし、“宗教が唱える神”というものも、人々を恐怖させる得体の知れないものとなり得るのではないか…
映画には、狂信的なひとりの女性が登場するが、惨事が起こるたびに、これは神の怒りだと唱え、初めは彼女を馬鹿にしていた人々が、やがては彼女を神の代弁者だとして縋りついてゆくようになる。そして遂には、生贄を捧げよという声のもと、殺し合いが始まってしまうのだ。殺し合わない為の宗教のはずが……

さて、この“霧”の正体だが、軍が行っていた実験の失敗により異次元との境に穴が開いてしまったことが原因で、あちら側のものが、こちら側に押し寄せてきた、という設定だ。しかし、これもラストシーン同様、原作との相違点の一つらしい。そもそも原作では、軍事技術実験の失敗ではなく、原子力発電所の偶発的な爆発事故が原因なのだそうだ………嗚呼、なんということ……

そう云えば、幾日か前、“煙霧”という言葉がテレビから聴こえてきた。空がミルクティー色に濁った、あの現象だ。そのせいだろうか、今年の花粉症はとにかく酷い。毎年お世話になっている、抗アレルギーの飲み薬が効かないほどだ。あまりに酷いので、再度病院へ駆け込み、漢方薬に点鼻薬、点眼薬を追加処方してもらったほどだ。
いやはや、この煙霧は、もはや自然現象とは云えないのではないかと思う。人間が排出した有毒な何かが、あのミルクティー色の“霧”に含まれていて、薬が効かないほどの悪影響を人体に及ぼしていると思うからだ。
軍事実験の失敗にしろ原発の事故にしろ、今や、フィクションの世界での出来事だと云って済ませることは出来ない。それでもなお、人間は都合の悪いことをに巻こうとする。散々、濃い煙霧の中に隠され続けた何かは、やがて得体の知れないものとなって、人間を脅かしにやって来るのだ。それを思い知ったはずの人間がこれからやらなければならないことは、あまりにもシンプルで明瞭だ。

もうこれ以上、有毒な霧をたちこませてはならない。

The Mist

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Author:yoosque
林勇輔――――役者
1974年5月16日(木)、疳の蟲を身体いっぱいに抱え、この世に生まれ出ずる。
<幼年期>
蟲たちは、勇輔の故郷、讃岐の民間療法により体外に誘き出され駆除されたかに見えたが、未だ体内に巣食っている模様。
<少年期>
好き嫌いが多く、この世で食べられるものが少なかった。
<青年期>
中途半端な生き方を謳歌する。芝居に出逢う。
<壮年期に差し掛かる、現在>
2012年1月12日(13日の金曜日イヴ)、突然、“声溜め”を公開することを決めた。

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