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.25 2012 ちょっとしたこと comment(3) trackback(0)
「鏡よ、鏡……」

最近、このフレーズが付き纏う。
数日前に載せた“或る物語”を書いて以来、頻繁に出くわすのだ。

童話好きとしては見逃せないと、観に行った、『スノー・ホワイト』。これは、本家本元の「鏡よ、鏡」なのだから、出くわしたというのとは違うかも知れないが―――――
興味はあったが、まだ、一度も入ったことのない劇場だったので、劇場見学という目的も兼ねて観に行った『毛皮のマリー』。
そして、昨日観た、映画『ヘルタースケルター』。

たまたま見るもの、たまたま聞くものには、サインがあるように感じる。

僕は、小さい頃から、鏡の不思議さに魅せられていた。例えば林檎を、肉眼で見るのと、鏡に映して見るのでは、全く別の林檎に見えるのだ。林檎を取り巻く風景も、全くの異世界に見える。こちら側とあちら側では、何かが決定的に違っていると感じていた。しかし、同時に、映画の画面を観ているような感覚に陥ってしまい、いつの間にか、その違和感を信じてしまっているのだ。

僕は、映画と現実の境目が判らなくなってしまう子供だった。だから、映画が終わり、一気に現実世界に引き戻されると、バランスが取れなくなってしまうのだ。一緒に観に行った友達には、随分と迷惑を掛けた。だって、不機嫌になり、暴れだしてしまうのだから……

虚構と現実の分別が付かなくなるという本質は、変わっていないように思うが、僕だって、少しは大人になった。今の僕が思うのは、いくら鏡を見つめても、本当の自分はそこに居ないんだということ。本当の自分は、自分の中にしか見ることが出来ない。そして、本当の自分に出逢うために、周りから、あの手この手でサインを送ってくれているように感じるのだ。そのサインを、どう受け取るかは自分次第なのだろうけど。その、“自分次第”の“自分”も、どんな自分なのか……

とにかく、今の精一杯の“自分”で、このサインを受け止めよう。
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No Name
子どもの頃鏡の中には別の世界があると思っていました よく鏡におでこを
付けてのぞいてみたり 母の三面鏡を
ずーっと見ていたり
2012.07.25 18:07
きの
私は揺れている林さんが林さんらしいと思います。
きっと苦しいのでしょうけど。

苦しみや痛みを治せないのか治さないのか。
大人になってずい分経つ私が最近ようやく悟ったのは、
治したくない、ということでした。
痛みが快楽でもあることに気付いたからです。

変なこと書いてすみません。
揺れる林さんが素敵だと、言いたかったのです。
2012.07.25 19:03
kn
転機に訪れるサイン、確かにありますよね。
同じ数字を立て続けに目にしたり…

私も昔、夢見がちな子供で周囲から浮いていましたが、想像力を必要とする今の活動で少しは役に立っています。

虚構と現実の分別がつかなくなるなんて役者としては稀有な才能なのでは…

でも林さんはきちんと現実の生活をしていらっしゃる。(…ですよね?)


息をして、水を飲み、泣いて笑って怒っている、それを体感しているあなたは紛れも無く本当のご自分です。


空想の中で遊び歩き、フワフワした子供時代を送った私がこんなことを言っても、説得力に欠けるかも知れませんが…

意外と実生活の数々の所作や感情のなかに「本当の自分」を知るヒントがあるのではと感じています。
2012.07.25 23:53

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Author:yoosque
林勇輔――――役者
1974年5月16日(木)、疳の蟲を身体いっぱいに抱え、この世に生まれ出ずる。
<幼年期>
蟲たちは、勇輔の故郷、讃岐の民間療法により体外に誘き出され駆除されたかに見えたが、未だ体内に巣食っている模様。
<少年期>
好き嫌いが多く、この世で食べられるものが少なかった。
<青年期>
中途半端な生き方を謳歌する。芝居に出逢う。
<壮年期に差し掛かる、現在>
2012年1月12日(13日の金曜日イヴ)、突然、“声溜め”を公開することを決めた。

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