てふてふ

.02 2012 ちょっとしたこと comment(1) trackback(0)
心地の好い、昼下がり―――――
家のドアを出て、大通りへと続く路地を歩いていると、いつもと違う気配を感じた。
違和感である。
そんな、尋常ならぬ空気を醸していた犯人、それは……

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地べたに、しかもマンホールの淵に佇む、てふてふが一羽―――――
と思いきや、羽を広げて停まっているということは、蛾か?
てふてふと蛾の違いは、停まっている時、羽を広げているか否かだと聞いたことがある。
蛾なら、昼間、地べたなり歩道橋の階段脇なり、低い処に停まっているのを、よく見かける。
夜になると、街灯や部屋の明かり目掛けて、突進してくるのだ。
てふてふは、昼間羽ばたき、夜は眠る。
蛾とは習性が違う、似て非なるもの。
しかし、こいつはどう見ても、てふてふだ。
触覚の形態も、胴体の太さも、羽の模様も、蛾のそれとは違う。
水たまりに、てふてふが憩う姿を見ることはあるが、此処は、水たまりどころか、渇き切ったマンホールだ。
うーむ……面白い。
この不思議な光景をカメラで切り取った僕は、そんなことを思いながら、そのまま、大通りへと歩を進めた。
十数メートル進んだ頃、ふと立ち止まってしまった。

もしかしたら
あのてふてふは
なんらかのダメージを負ってしまい
羽を閉じる元気も無く
危険な地べたに
あんな無防備な姿を晒してしまっているのかも知れない……

今来た数十メートルを引き返した僕は、再び、てふてふの前に屈み込んだ。
「お前、どうしたんだよ?」
てふてふの顔を覗き込むと、6本の足をゴソゴソと動かし、体の向きを変える。
空に居るはずのものが、地で蠢く不気味さに見入ってしまう。
このままだと、車が通ったら、すぐさまプレスされ、蟻の餌食となるだろう。
まぁ、それもこいつの運命かも知れない。
蟻だって、生きていかなきゃならない。
自然の食物連鎖を、人間が狂わせるのはどうなの?と、多少の罪悪感を感じつつ、手を延ばしてしまった。
てふてふは、なんの抵抗を見せるわけでもなく、易々と僕に捕らえられてしまった。

やっぱり弱っているのか……

辺りを見回してみる。
葉が茂る木が目に留まった。
子供の頃の僕は、ランニングシャツに短パン、虫取り網と籠という典型的なスタイルで、一日の大半を外で過ごしていた。
だから、てふてふが悦びそうな処くらい、見つけてやれるのだ。
あの手の葉には、よく揚羽蝶の幼虫や蛹を見たものだ。
此処なら、充分、休息が出来るだろう。
ゴソゴソと忙しなく蠢く6本の足に、一枚の葉を充てがってやった。
その途端、てふてふは、何事も無く、元気に飛び立った―――――

ところで、ギリシャ神話に、エロスに愛される美しい少女が出てくる。
彼女は、しばしば、てふてふの姿で描かれる。
名前を、プシュケという。
プシュケとは、魂や心、精神を意味する(“Psyche”英語読みすると、サイケ。サイケデリックのサイケである。サイコ・ホラーなんかのサイコ“Psycho”は、これの派生語)。
てふてふが、幻想的に舞う姿が、太古の人々には魂とリンクして見えたのだろうか。

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プシュケは、その美しさゆえ、美の女神でありエロスの母であるアフロディテの自尊心を損ねてしまい、ひどくいじめられるのだ。
何故エロスに愛されたかは、エロスがおっちょこちょいだったからなのだが、詳しい話は、割愛。
とにかく、大神ゼウスの助けもあり、最後には幸福を得るのだ。
つまり、魂(プシュケ)が愛(エロス)を得たわけだ。
めでたし、めでたし。

これに構想を得て、『こころ』という物語を書き、パフォーマンスしたことがある(*初演は、2010年9月、於:青い部屋)。
林版プシュケは、美しい少女ではなく、≪シルク・ド・ソレユケ≫という旅回り一座を率いる、怪しい男なのだが……

いつかまた、『こころ』を舞台に上げたいなと、羽ばたくてふてふを見送りながら思った午后であった。
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cotidiano
てふてふ救出ごくろうさまです。

ちゃんと写真に収めてから助けて差し上げる
ところが、さすがブロガー(笑)
2012.10.03 16:30

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Author:yoosque
林勇輔――――役者
1974年5月16日(木)、疳の蟲を身体いっぱいに抱え、この世に生まれ出ずる。
<幼年期>
蟲たちは、勇輔の故郷、讃岐の民間療法により体外に誘き出され駆除されたかに見えたが、未だ体内に巣食っている模様。
<少年期>
好き嫌いが多く、この世で食べられるものが少なかった。
<青年期>
中途半端な生き方を謳歌する。芝居に出逢う。
<壮年期に差し掛かる、現在>
2012年1月12日(13日の金曜日イヴ)、突然、“声溜め”を公開することを決めた。

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